大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和29年(ネ)945号 判決

控訴人 被告 光栄化学株式会社 外一名

訴訟代理人 伊藤順蔵

被控訴人 原告 南鐘一

訴訟代理人 吉田賢一

主文

本件控訴は棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

当裁判所が昭和二九年(ウ)第三七二号執行処分取消申請事件について同年九月一一日発した仮処分執行取消命令は認可する。

前項に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

被控訴人の主張した本訴請求の原因事実は原判決摘示のとおりである。

控訴代理人は答弁として「仮処分の事実は相違ないが、被控訴人が本件物件の所有者であることを争う」と述べた。

証拠として、被控訴代理人は甲第一号証を提出し、原審での被控訴本人の供述を援用した。控訴代理人は乙第一、二号証を提出し、甲第一号証の成立を認めた。

理由

控訴人松本が控訴会社に対して有する金二八〇、〇〇〇円の貸金債権保全のため、神戸地方裁判所昭和二八年(ヨ)第五八〇号仮処分決定正本に基いて昭和二七年一〇月二八日原判決添付目録記載の本件物件に対し現状維持の仮処分をしたことは当事者間に争がない。成立に争いのない甲第一号証に、原審での被控訴本人の供述によれば右物件は被控訴人が昭和二七年七月二二日所有者である訴外島本英三から他二点とともに代金一二〇、〇〇〇円で買い受けてその引渡を受け、その後同訴外人に貸与したもので、被控訴人の所有に属することが認められる。これをくつがえす反証はない。被控訴代理人の陳述した従前の口頭弁論の結果によれば、控訴代理人は昭和二九年一〇月一日午前一〇時の口頭弁論において甲第一号証の反証として乙第一、二号証を提出し、被控訴代理人は右乙第一、二号証の認否は次回にすると述べたことが明らかである。ところが、控訴代理人はその後の本件口頭弁論期日には一度も出頭せず提出した右文書の写を(念のため当裁判所は弁論終結後に、期間を定めて作成提出するように催告したが)いまだに提出しないし、右書証の申出がなされたときの構成裁判官は全員更迭し、本判決をなす裁判官はそれがどんな文書であるかそしてその形式的証拠力及び実質的証拠力が有るかどうかを知る由がない。一般に、挙証者が自ら所持している文書についての書証の申出は、口頭弁論において立証事項を表示してその所持文書を提出してなすべきであり、かつこれをもつて足るのである。文書の提出に際しては、その写を作成し、一通を裁判所に一通を相手方に交付する慣行が一般に存在するが、それは弁論の説明の手段であり、文書の留置の必要を少くする効果を有するけれども、ひつきよう便宜が生んだ裁判慣行であつて、民事訴訟法の命ずるものではない。この慣行が無視されると多大の不便不都合を生じ収拾できない状態に立ち至るであろうが、たまたまこの慣行に従わず写を提出しなかつたとしても、その事自体は書証の申出を不適法ならしめるものではない。また文書の証拠調は、裁判所が期日において提出された文書の形式種類内容作成名義等を点検閲覧することによつて行われるものであり、なんらそれ以上の手続を要するものではない。文書についての相手方の閲覧及び主張は弁論の進行に必要ではあるが、それが済まなければ文書の証拠調は完了しないというものではない。従つて本件乙第一、二号証については適法な書証の申出がなされ、右申出は却下されることなく採用されこれについての証拠調は終了し、本件証拠資料となつていることを否定することはできない。しかしながら、前述のいきさつで、当裁判所には右乙第一、二号証がどんな文書であるか認識の手段がなく、その実質的証拠力はもちろん形式的証拠力が有るかどうかさえ不明であり、結局本来訴訟法上からいえば証拠資料となつていながら、現実裁判上では証拠資料となし得ない次第である。これによつて生ずる不利益は写の提出を怠つた控訴人に帰せしめるほかなく、結局本件においてはなんらの反証をあげない場合と同一に取り扱う。

そうすると被控訴人の本訴請求は正当として認容すべく、これと同趣旨の原判決は相当である。

よつて民事訴訟法第三八四条第八九条第五四八条第二項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 田中正雄 判事 神戸敬太郎 判事 平峯隆)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例